長谷川豊氏の記事「笹井氏の自殺について」

 フリーアナウンサーの長谷川豊氏のブログ記事「笹井氏の自殺について」(http://blog.livedoor.jp/hasegawa_yutaka/archives/39551723.html)を読んだ。この記事を読むことは、大変、苦しい経験だった。私は、怒りを感じ、同時に、死ぬ以外に逃げられない社会のことを思った。


 この記事で長谷川氏は、「逃げる」という言葉をネガティヴな意味で使っている。しかし、長谷川氏は、何故、「死」以外に逃げ場がない社会であることに思い至らないのだろうか。また、長谷川氏のこの言葉自体が、逃げ場を失くして苦しんでいる人びとを、どれほど苛むかということにも気づかないのだろうか。


 長谷川氏は、繰り返し、「異論」も「反論」も聞かないと述べる。そのことを通じて読者が理解するのは、長谷川氏が、他のあらゆる議論の可能性を抹殺したということだ。しかしながら、「自死」をめぐる議論は、異なる意見がぶつかる中で、慎重に行う必要がある。


 長谷川氏が今後どのような応答をするのかを注視したい。それほど、この記事には衝撃を受けた。長谷川氏の記事は、死者ではなく、生きている自分しか見ていない。死者たちへの想像力を欠いたまま、自分の精神論を展開するなど、言語道断だと思う。